1996年(平成8年)4月27日,東葉高速鉄道は開通した. 西船橋駅から東葉勝田台駅間の 16.2km の比較的新しい鉄道路線だ. 1971年(昭和46年),国の都市交通審議会第15号答申の中で,南北線(7号線)の新設,有楽町線(8号線)と半蔵門線(11号線)の延伸などとともに,東西線(地下鉄5号線)を西船橋駅から勝田台駅(八千代市)まで延伸させる計画が盛り込まれた.
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1996年(平成8年)に答申が出た直後の千葉県の動きは早かった. すぐに千葉県営鉄道計画を作成する. 計画では,1976年(昭和51年)に着工,1979年(昭和54年)には完成する...はずだった. だが東葉高速鉄道が開業するのに,その答申から四半世紀(25年),1982年(昭和57年)に第三セクターの東葉高速鉄道(株)が地方鉄道事業免許を取得してから14年という長い年月がかかってしまった. 工期の延長にともない,莫大な費用がかかってしまった.
20061124_東葉高速鉄道_船橋中央駅予定地_1501_DSC0360920070113_東葉高速鉄道_船橋中央駅予定地_1105_DSC03357
計画発表直後,京成電鉄が猛反撃をする. 京成本線とほぼ平行して走る東葉高速線ができれば,かなりの客が奪われてしまうと危惧したからだ. 京成電鉄は,新東京国際空港(成田国際空港)への空港接続鉄道として多額の投資をしたにもかかわらず,成田闘争などによって開港が大幅に遅れ,経営が悪化していた. さらに,本業とは関係のない東北,北海道などの遠隔地での投機的な不動産買収と開発が経営を圧迫していた. 当時,京成電鉄は「脱車輪経営」とまでいわれていた.
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東葉高速鉄道は1982年(昭和57年)3月に鉄道免許を取得し,1984年(昭和59年)7月にようやく工事に着手する. しかし,700人の地権者の内72人の地権者との契約が終わっていなく,見切り発車的な工事開始だった. 1993年3月の段階でも,飯山満駅などの地権者8人との契約ができていなかったことから,完成予定日を何度も延期することになる.そして紆余曲折を乗り越え,1996年(平成8年)4月27日にようやく開通できた.
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東葉高速鉄道沿線住民にとっては待ちに待った鉄道開通だったが,鉄道運賃をみてビックリする. 京成本線の京成西船駅-勝田台駅間の定期が 1カ月が 1万2450円, 6カ月が 6万7230円なのに対して,東葉高速線の定期は 1カ月が 2万6400円, 6カ月が 14万2560円と,2倍以上の超高額運賃だったのだ. 都内の乗り換えを含めた通勤費が会社の上限規定を超え,差額を自腹で購入している客もいるほどだ.
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千葉県近郊の路線の 1km 当たりの単価で比較すると...続きを読む