平安京をつくった第50代桓武天皇の子孫(桓武平氏/かんむへいし)となる平常重(千葉常重)は,下総国(現在の千葉県北部から茨城県の一部)の地方豪族となっていた.
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その平常重(千葉常重)が,現在の千葉市緑区大椎町(おおじちよう)から,中央区亥鼻(いのはな)付近(現在の千葉城あたり)に本拠地を移し,初めて「千葉」を名乗る. 千葉氏の実質的な初代当主となる. これが,千葉という地名の始まりとされている(千葉という地名が先にあったという説もある). 今から890年前の,1126年(大治元年)の6月1日のことだった. 千葉市では,この6月1日を「千葉開府の日」としている.
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その後,千葉氏一族(千葉六党)の結束力は崩れ,分立,独立して骨肉を分け合う一族同士の熾烈な戦い(内乱)となる. さらに,1590年(天正18年)には,豊臣秀吉に降伏し,千葉氏一族が支配していた領土は全て没収されてしまう. これで,約470年にわたる下総を中心とした房総半島北部の支配が終わる.
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そして,2016年で千葉開府890年となることから,千葉市では千葉氏にちなんだイベントを1年を通しておこなわれる. そのひとつが,2016年6月4日に千葉中央公園(千葉市中央区中央1丁目)でおこなわれた「千葉開府890年千葉開府祭」だ.
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千葉開府祭オープニングでは,千葉大学弓道部による矢的と千葉千葉城鉄砲隊による四連祝砲,戦国時代当時の寸劇などがおこなわれた.
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890年の節目ということではあるが,前回おこなわれたのは,40年前の千葉開府850年の節目となる. 千葉市の財務を考えれば,「千葉開府900年(2026年)でよかったのでは」という声もある. だが,その900年プレ千葉開府祭として今年におこなわれた.
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千葉市は,実質公債費比率23.0% で,全国の政令指定都市中,神戸市(24.0%),横浜市(23.3%)に続いて堂堂3位(全市町村としては 85位),危険水域に入っている.
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千葉市では千葉開府祭の目的を,『千葉開府900年に向け,今後さまざまな取り組みを展開するとともに,市民のみなさまに「誇り」と「愛着」をもっていただけるよう,「千葉市らしさ」の確立に努めてまいります.』としている. しかし,「千葉開府」が「千葉市らしさ」にどうしてつながるのかが今ひとつピンとこない...続きを読む