東京ベイ船橋ビビット2017-2016-2015-2014

Tokyo-Bay Funabashi-Vivid 2017-2016-2015-2014

ソーセージ

習志野ソーセージキックオフイベント@JR津田沼駅南口

習志野市は,「ドイツ式ソーセージ発祥の地」としている. 習志野市とドイツとの関係は古い. 習志野地域(一部船橋市が含まれる)は,「軍郷習志野」として知られ,古くから多くの旧陸軍の施設が集中して設置されていた. そのひとつが,習志野ドイツ人俘虜収容所(ふりょしゅうようじょ)だ.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1040_DSC0317020160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1042_DSC03180
1914年(大正3年)8月に第一次世界大戦が勃発した. 日本は日英同盟(1902年調印)に基づき,連合国の一員として参戦(日独戦争)する. 日本陸軍は,ドイツ帝国の租借地であった中華民國(現,中国)山東省の青島(チンタオ)を,約2カ月の攻防戦のあと攻略(1914年11月)する. その青島要塞攻略戦で,ワルデック総督以下約4700名が捕虜となる.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1054_DSC0319820160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1116_DSC03203
捕虜は,徳島県の板東俘虜収容所,広島県の似島検疫所俘虜収容所などの収容所に送られた. 千葉県の習志野俘虜収容所(習志野市立東習志野小学校,習志野市東部体育館,習志野市立第四中学校近辺)にも,1000人を超えるドイツ兵捕虜が収容され,1915年9月から1920年1月26日まで約4年半暮らすことになる.
20160528_習習志野ソーセージキックオフイベント_1116_DSC0320420160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1042_DSC03179
日本は国際法を遵守し,各地の収容所のドイツ人捕虜に,厳しい抑圧や過酷な労働強制もなく,丁重に扱われた. ドイツ人と日本人との交流も許され,地元住民の間では「ドイツさん」と呼ばれて親しまれるほどだった. 各地の収容所敷地内では,自由に畑を耕し,ビールやワインも醸造され飲酒もできた. 農作業やスポーツ,音楽は格好の暇つぶしとなっていた. そのようなドイツ人からは,数多くの西洋文化や優れた技術が日本に伝えられた.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1040_DSC0317220160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1040_DSC03171
たとえば,パン製造技術はのちに敷島製パンとなり,バウムクーヘン製造技術はユーハイム,ソーセージなどの食肉加工技術は日本ハムなどに引き継がれている. 音楽も盛んにおこなわれ,各地でオーケストラが結成され,ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番(第九),ヨハン・シュトラウス2世の美しく青きドナウなどが演奏された.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1054_DSC0319720160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1116_DSC03202
当時は,アマチュアの慶慮義塾ワグネル・ソサイエティ(1902年),九州帝国大学フィルハーモニー会(1910年),早稲田大学交響楽団(1913年),京都帝国大学学友会音楽部オーケストラ(1916年)が設立されたころになる. 習志野にも,ドイツ人捕虜うによる習志野捕虜オーケストラ(指揮はハンス・ミリエス)が組織された.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1115_DSC0320120160527_習志野ソーセージキックオフイベント_020
習志野俘虜収容所には,ソーセージ職人だったカール・ヤーンら5人が収容所内でソーセージを製造していた. この秘伝をのソーセージ製法を,農商務省主催の講演会(千葉市で開催)を通じて日本全国の食肉加工業者に伝わることになる. これが,「ドイツ式ソーセージ伝承の地」となる.
20160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1055_DSC0320020160528_習志野ソーセージキックオフイベント_1040_DSC03174
この歴史的事実をもとに,習志野商工会議所などが地域活性化として,当時のレシピを基に現代風にアレンジした「習志野ソーセージ」をご当地グルメのひとつにしようと取り組んでいる. そして,JR津田沼駅南口の津田沼公園(モリシア前)で,習志野ソーセージキックオフイベントが,2016年5月28日(土)-5月29日(日)におこなわれた. 今回は,毎月月末におこなわれている楽市フリーマーケットとの共同開催となっている.
.
人気ブログランキングへ
<関連記事>

日本のソーセージ製造発祥の地は習志野なのか@津田沼公園の習志野ドイツフェア&グルメフェスタ2015

JR津田沼駅南口の津田沼公園モリシア津田沼にて,習志野ドイツフェア&習志野グルメフェスタが2015年10月17日(土)-10月18日(日)の2日間おこなわれた. 今回で5回目となり,2日間で約 2万7800人(過去最高)が訪れた.
20151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1240_DSC0391520151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1240_DSC03917
ドイツフェアでは,ドイツのビールやソーセージなど,,ドイツの味を楽しめるイベントとなっている. 2015年10月4日(日)には,市川のコルトンプラザも「いちかわドイツデイ」が開かれていた. 同様のドイツフェアは,その他にも横浜市でもおこなわれている..
20151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1238_DSC0389420151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1238_DSC03895
習志野は,ドイツとの関わりが深い. 第一次世界大戦時,現在の東習志野に開設された習志野俘虜(ふりょ)収容所には,約1000のドイツ兵が約5年間(1915年から1920年まで)収容されていた.
20151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1238_DSC0389620151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1239_DSC03900
当時の所長でああった西郷寅太郎(西郷隆盛の嫡男)は,ドイツでの生活の経験を生かし,捕虜たちによって屋外演奏会や演劇を行っていた.
20151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1242_DSC0393620151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1242_DSC03937
日本におけるソーセージ量産は,千葉市に新設された農商務省畜産試験場で習志野俘虜収容所のカールヤーンら5名のソーセージ職人がソーセージ作りを1918年(大正7年)に公開したことから,習志野市と日本食肉加工協会は「日本のソーセージ製造発祥の地」としている.
20151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1241_DSC0392820151018_習志野ドイツフェア&グルメフェスタ_1239_DSC03899
ほんとうに習志野が,「日本のソーセージ製造発祥の地」なのだろうか...続きを読む
重要な情報
ic_sun.gif2015年になりました. 今年も,引き続きよろしくお願いします.

ic_sun.gif以前の東京ベイ船橋ビビット2013-2012コチラです.
お知らせ
ic_sun.gif東京ベイ船橋ビビットはスマートフォン,ケータイ電話から参照可能.
ic_sun.gif東京ベイ船橋ビビットRSS リーダーで参照可.
ic_sun.gif誤字や誤り,サイトへの批判などのコメントは,非表示にしています.
ic_sun.gifEnglish homepage is here.
Vivit掲示板
sidebody_icon掲示板はコチラ
sidebody_icon2ch 風掲示板はコチラ
最新コメント
アクセスカウンター

ランキング
人気ブログランキングへ
サイトへの連絡
vivit_funabashi@gmail.com
(迷惑メール防止のため,アンダーバー[_]をピリオド[.]入れ代えてください)
記事検索
カスタム検索
広告1
広告2
千葉県の天気
東京都の天気
QRコード
QRコード
プロフィール

vivit_funabashi

タグクラウド
ギャラリー
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)
  • 変わる外食産業@昔ながらのフルサービス型店の喫茶店が復活(24)