東京湾(江戸湾)最奥部の船橋沖は,波静かで魚介類が豊富な海岸だった. そのひとつが三番瀬だ.
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鷹狩りが大好きだった将軍徳川家康は,東金御成街道(船橋-東金間約37km)を使ってよく東金市まで出かけていた. その中継点となる船橋は,将軍が休息や宿泊する場所として使われ,船橋御殿(現,船橋市本町の船橋東照宮)が作られた.
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江戸時代の三番瀬は,旧利根川(江戸川)や,真間川,太白川(現,海老川)から流入する淡水によって,適度な栄養分と有機物を供給し,良好な漁場となっていた. その新鮮な魚や貝などが,将軍らに料理として出されていた.
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そのような縁から船橋は,徳川幕府の御菜浦に認定され,魚介類の漁獲して献上し,漁業の独占権を得る. その後の船橋の繁栄につながる. だが,戦後1964年(昭和39年)の東京オリンピックごろから工業化と都市化が進み,東京湾は環境の悪化. つぎつぎに漁業権を放棄し湾岸は埋め立てられていく.
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船橋海老川(太白川)は,船橋市高根町付近から東京湾に注ぐわずか 8km ほどの2級河川だ. 昔は,ドジョウやウナギ,シジミなどの生物がたくさんすむ自然豊かなキレイな川だった. エビが多く生息したことから,海老川という名前が名が付いたという説もある.
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生活排水などによって汚くなっていた海老川も,下水道の整備が進み,徐徐に元の川に戻りつつある. そのような海老川を愛する市民団体が中心となって,海老川親水市民まつりが2014年6月1日(日)おこなわれた. 今回で29回目となる. イベントはNPO法人環境を考える市民の会海老川市民まつり実行委員会が主催となって開催している.
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その前日の2014年5月31日(土)には,音楽祭のリバーサイドフェスティバルまるごみ船橋12 in 海老川親水市民まつりが開催された...続きを読む