ビビット2020-2014

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2020年09月

■コロナ禍の中の「秋の花粉症」

最近,「くしゃみが止まらない」という人も多いかもしれない。
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コロナ禍」の中,ウィルス感染症に敏感になっていることから,電車やバスの車内で思わず咳をすれば,マスクをしていても気まずい雰囲気を作ってしまう。
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それは,「秋の花粉症」かもしれない。気温が下がり,乾燥するとインフルエンザウイルスがまん延することから感染症と誤認することもある。
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「春の花粉症」といえばスギ(杉)やヒノキ(檜)の花粉が定番だが,「秋の花粉症」は「ブタクサ(豚草)」,「カナムグラ(鉄葎)」,「ヨモギ(蓬)」などであることが多い。
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特に,関東圏で午前中に「目がかゆい」ということであれば,「ブタクサ(豚草)」の可能性がある。
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ブタクサ」の丈は 1m から 2m ほどで,夏の終わりごろから秋にかけて黄色い花を咲かせる。2ミリほどと小さな花だが,無数の花が連なって咲き,大量の花粉を飛散させる。関東であると9月中旬から下旬ごろがピークとなる。
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もともとは,北アメリカが原産の外来種(帰化植物)で,明治時代初期に日本に持ち込まれた。ペリーの黒船が,最初に持ち込んだ張本人かもしれない。繁殖力が極めて強く,あっという間に全国へ広がった。
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ブタクサ」の花粉は「スギ」の花粉に比べると半分程度の大きさであるため,鼻毛をすり抜け気管支まで侵入する。ブタクサ花粉症」になると,人によっては肌荒れなどが出ることもある。
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また,「ブタクサ花粉症」の状態でメロンやスイカ,キュウリなどなどウリ科の果物などを食べると,イガイガ感やムクミなどの口腔アレルギーになることがある。
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この「ブタクサ」によく似ているのが,「セイタカアワダチソウ(背高泡立草)」だ。
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■東海神駅前の船橋市都市計画道路3-3-7号線(南本町馬込町線)の整備が進んでいる

「船橋駅」近くのJR総武線をアンダーパスし,東葉高速鉄道「東海神駅(地下駅)」前を通り,船橋市北本町交差点に接続する道路の整備が進んでいる。
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それが,「船橋市都市計画道路3-3-7号線(南本町馬込町線)」だ。
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この道路の,総延長は 5,550m にもなる。
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■幕張メッセ駐車場のクルマはなんだ?

千葉市幕張メッセのP1駐車場に,変わったクルマが駐車している。
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また,クルマのボディには,地球らしいイラストが描かれている。
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1950年代のアメ車(アメリカ車)風だが,かなりカッコいい。
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1950年代のアメ車は,大衆車でさえ馬鹿でかく大排気量ではあったが,光り輝いていた。世界一の自動車王国の風格があった。
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特に,「キャディラック」や「インペリアル」は,事業成功者たちが好んで乗ったクルマだ。当時の為替換算で360万円ほどの価格だ。今の物価に換算すると1000万円を超える。
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そのころの日本は,敗戦から10年ごろで,ようやく経済が動き出したころで,大卒初任給が 11,000円のころだった。
日本初電気釜_炊飯器_東京芝浦電気_現,東芝_116W
また,国鉄初乗り10円,東京芝浦電気(現,東芝)の日本初の電気釜が 3200円,東京通信工業(現,ソニー)の世界初のトランジスタラジオが 19,800円であった。
世界初トランジスタラジオ_東京通信工業_ソニー_116W
では,このクルマは何なのだろうか。
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■JR東日本の「新型自動改札機」が2021年から本格導入か

JR東日本(東日本旅客鉄道)は,2020年3月14日に開業したばかりの「高輪ゲートウェイ駅」と「新宿駅新南改札」にて,読み取り部分を内側に50度ななめに傾けた「新型自動改札機」を期間限定で設置した。
▼JR東日本が新宿駅に設置した「新型自動改札機」。
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期間限定なのは,2021年に予定している「自動改札機」模導入のための実用試験(フィールド試験)のためだ。実用試験では,客に実際に使ってもらい使いやすさや読み取りエラー率などを検証する。JR東日本の「自動改札機」は老朽化対応のため10年から13年ごとに新しい「自動改札機」に切り換えをおこなっている。
▼JR東日本が2001年から導入した「非接触ICカード式自動改札機」。
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JR東日本としては,1991年から首都圏の在来線にてはじめて「磁気式自動改札機」を導入した。約10年後の2001年からは,「非接触ICカード式自動改札機」が導入される。さらに,10年後の2011年には,本体をスリム化した「自動改札機」が導入している。
▼JR東日本が2011年から導入したスリム化した「自動改札機」。
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そして2019年に,2-3年後をめどに「タッチレス改札機」を導入すると予告していた。女性にとっては,suica(スイカ)カードやsuica対応スマホを入れるポケットを持たない服装が多いため,ショルダバックに入れたまま通過できる「改札機」が望まれていた。また,車イス利用者にも使いやすくなる。
▼JR東日本が2021年から導入すると考えられる「新型自動改札機」。
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日本で初めて自動改札機を導入したのは,1927年に開業した「東京地下鉄道(現,東京メトロ銀座線)」であった。ニューヨーク市地下鉄で利用していた「ターンスタイル木製改札機」を導入した。当時としては最新の方式だった。
▼1930年(昭和5年)に東京地下鉄道の開業と同時に導入されたターンスタイルの「木製改札機」。
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10銭硬貨を入れると,木の棒が回転して1人だけ通れるという単純な仕組みであった。だが,路線内均一運賃でないと利用できないなどから,この仕組みは広がらなかった。
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日本では,長年「駅務員」が「改札ボックス」に入り,1枚ずつ切符を確認して「改札ばさみ(改札パンチ)」で切符切りをしてきた。「改札ばさみ」は,駅によって切り込みの形が異なり,不正乗車ができないようになっていた。
▼1960年(昭和35年)ごろの東西線日本橋駅の改札と駅務員。
1960年_昭和35年_日本橋駅_改札口_駅務員_東西線_112W_
通勤通学時間帯には,「切符切り改札」で人の流れが停滞し,改札前には長蛇の列ができることもあった。客が少ない時間帯では,客を待つ間「改札ばさみ」を軽快にカチカチとリズムを刻む「駅務員」もいた。
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日本で,本格的な「自動改札機」が導入されたのは,1967年(昭和42年)に「京阪神急行電鉄(現,阪急電鉄)」の北千里駅に設置されたのが始まりとなる。
▼1967年(昭和42年)阪急北千里駅に導入された世界初の「自動改札機」。
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この「自動改札機」は世界初で,定期券に複数の穴を開け,その穴のパターンを光センサーで読み取る方式だった。食堂の券売機などを製造販売していた「立石電機(現,オムロン)」が開発をおこなった。
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磁気式プリペイド乗車カード「PiTaPa(ピタパ)」やJR東日本の「イオカード」,民営鉄道の共通ICカード「ICOCA(イコカ)」,「PASMO(パスモ)」,「Suica」がまだない時代であった。
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日本国有鉄道(国鉄)は,「駅務員による切符切り業務をなんとかしたい」と基礎研究を始めていた。
▼1970年(昭和45年)ごろの「柏駅」西口駅前広場。
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1970年から柏駅や武蔵小金井駅などどで,長期実用試験を始める。
▼「柏駅」に試験導入されたもの同じ型の「磁気式自動改札機」。
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だが,当時の国鉄の労組(国労,鉄労)は大変強く,「改札の自動化」は人員整理につながるとして猛反対。1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化まで,「自動改札機」の導入が進むことはなかった。
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1991年(平成3年)に,JR東日本と営団地下鉄(現,東京メトロ)が相ついで「磁気式自動改札機」が本格導入される。
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■コロナ禍の中のパン屋さん

パン屋やデパ地下などを見ると,あんパン,クリームパン,カレーパン,メロンパン,調理パンなど定番「パン」が並ぶ。いずれも,日本で独自に進化を遂げた「パン」たちだ。
▼「コロナ禍」前のパン屋。
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この「パン」の販売方法が,変わってきている。日本の場合,焼きたて「パン」の香ばしい匂いが購買力をあげるということから,個別包装なしで店頭に並べ,レジで個別包装をおこなう方法をとっていた。
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コロナ禍」の中,感染症予防のためにあらかじめ個別包装をして店頭に並べて販売する方法にかわっている。咳による「パン」へのウィルス付着も予防でき衛生も向上する。また,レジ前の並ぶ時間も短縮しソーシャルディスタンスも維持できる。
コロナ禍のなかのパン屋。商品を並べる前から「個別包装」となっている。
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小売関連団体が2020年5月に発表した「小売業の店舗における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」では,「惣菜・ベーカリーなど,顧客が自ら取り分ける販売方法についてはパック・袋詰め販売へと変更する」と定めている。
▼中国のジャンク船(木造帆船)。
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日本での「パン」の歴史は古い。470年以上も前の1543年(天文12年)に,ポルトガル人を乗せた中国ジャンク船(木造帆船)が種子島に上陸したことから始まる。ここから西洋文化(南蛮文化)との直接接触が始まる。それまでの日本では,大陸経由で言い伝わった西洋文化しか知らなかった。
▼日本へ来たポルトガル人。
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日本は,ポルトガルから多くのモノや文化を受け取った。まず,「火縄銃(鉄砲)」が持ち込まれ,これ以降日本国内の戦(いくさ)は大きく変化した。
▼ポルトガルから伝わった「火縄銃」。
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火縄銃」がなければ,織田,豊臣の天下統一はなかったかもしれない。
▼ポルトガルから伝わった「火縄銃」。
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その他にも,「カステラ」もそのひとつだ。ポルトガル語で「パォン・デ・ロー」というが,「パォン」は「パン」の語源になった言葉だ。また,コンペイトウ(金平糖),ブドウ酒,機械式時計,オルゴール,地球儀,眼鏡,オルガン,カルタなども,ポルトガルから伝わったとされている。
▼ポルトガルから伝わったとされる「カステラ(パン)」。
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これらの西洋人との交流で受け取ったのは,モノや文化だけでない。明確な記録はないが,未知の「病原体」も運び込まれた。西洋船の港は限定されていたことと,行動に制約があったことなどから,歴史書には記載されるような広がりはなかったが,ウィルスや細菌などによって中規模の「感染症」が発生していたと考えられる。
▼天然痘ウイルス。
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当時は,ポルトガル,スペインを中心とした大陸を超える植民地化によって,各大陸の風土病が本国に持ち込まれ,今までに知らない「病原体」がヨーロッパで全体にまん延し,パンデミック(世界的大流行)となっていた。「天然痘(ほうそう)」,「腸チフス(サルモネラ感染症)」,「梅毒(セフェリス)」,「黒死病(ペスト)」などだ。
▼結核菌。
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日本では,弥生時代に大陸から弥生人と稲作文化が入って来たが,一緒に「結核」や「白血病」も持ち込まれた。これらの「感染症」はその後日本で土着化していたが,ポルトガル人にも日本で「梅毒(セフェリス)」などが感染していた可能性がある。
▼梅毒トレポネーマスピロヘータ。
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ポルトガル人については,小学6年の社会歴史編で,「宣教師『フランシスコ・ザビエル』によってキリスト教が伝えられ日本に広がった」ことなどを教わる。
▼ポルトガルの「フランシスコザビエル」。
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そもそも「ザビエル」は,マレーシア南西岸のマラッカで中国入りを模索していた。そのマラッカで,薩摩(鹿児島県)出身の「弥次郎(ヤジロウ)」と出会い,予定していなかった日本へ向かうことになる。
▼薩摩(鹿児島県)出身の弥次郎(ヤジロウ)。
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ザビエル」によるキリスト教イエズス会布教活動は1549年から6年間おこなわれ一定の成果を出したが,イギリスによる妨害活動により,日本を追われ中国マカオへ渡る。
▼ポルトガルの「フランシスコザビエル」。
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だが,大陸入りは果たせず,46歳の若さで亡くなる。
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